日本の蚊帳に歴史あり――使う人、使う素材は時代とともに

喜多川哥麿<喜多川歌麿>//画『絵本四季花』上,和泉屋市兵衛,寛政13(1801)刊. 国立国会図書館デジタルコレクション

喜多川哥麿<喜多川歌麿>//画『絵本四季花』

夏がくれば思い出す……蚊帳。

蚊帳をおじいちゃんやおばあちゃんの家で使ったことがある人もいるでしょう。

自分では使ったことがなくても、『となりのトトロ』『おかえりモネ』などのアニメやドラマで蚊帳を見たことがある人もいるでしょう。

昔は夏になると、蚊に刺されずに安眠するために部屋の中に網状の幕(蚊帳)を張り、さらにその中に布団を敷いて寝ていました。

かつては多くの家で使われていた蚊帳ですが、近頃は蚊帳を使う家庭も減りました。

昔なつかしい雰囲気があり、日本人のノスタルジーにつながる蚊帳は、いったいいつからあるのでしょうか。

日本古代から中世の蚊帳

蚊帳の伝来

日本の蚊帳は古代中国から伝来しました。
昔は「蚊帳」ではなく「蚊屋」と書かれることもありました。

8世紀には日本でも蚊帳が使われていたようで、『風土記』や『日本書紀』、『万葉集』にも蚊帳が使われていたようすが見えます。

『日本書紀』には応神天皇の時に中国の呉から「蚊屋衣縫(かやのきぬぬい)」という技術者が渡来したと書かれています。

『播磨風土記』には「飾磨郡加野里」の地名の由来について、応神天皇の巡行の時にここに御殿を造り蚊屋を張ったので加野と名づけたとあります。

応神天皇は第15代の天皇で、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の孫にあたります。
実在したとすれば4世紀後半〜5世紀初頭ごろの天皇(大王)です。

平安以降の蚊帳

絹や麻で作られた蚊帳は高級品で、当時は上級貴族などごく一部の人しか使えなかったようです。

平安時代にも蚊帳を使っていたのは主に貴族たちです。

蚊帳は、夏の暑さをしのぐために使われ、貴族たちの部屋の中央に吊るされ、周りには障子が取り囲むように配置されていました。

平安貴族が休むときの御帳台(みちょうだい)でも蚊帳が使われていました。

関根正直 著『宮殿調度図解』,六合館書店,明治33.6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1911011 (参照 2024-01-19)より

これが御帳台(みちょうだい)ね

天皇や皇后がおやすみになってた場所ですって

室町・戦国時代には貴族だけでなく武士の間で紗(しゃ)製の蚊帳が使われるようになりました。

江戸時代の蚊帳

かつては貴族しか使えなかった蚊帳も、江戸時代には庶民にも広まりました。行商スタイルで売り歩く蚊帳は、夏の訪れを告げる風物詩だったようです。
美声の男性に売り歩かせるなど、商売も工夫していたようです。

庶民は紙製の蚊帳を使っていた

しかしそれでも麻製の蚊帳は高価で、庶民にとってはなかなか手が届かない品でした。

そのため、「紙帳(しちょう)」と呼ばれる紙製の蚊帳が使われました。

和紙を張り合わせ、切り取った穴の部分に紗を張ったものが「紙帳」です。切り取るかたちを団扇型などにしたのがせめてもの涼しさの演出でしょうか。

ただ、紙帳は紙製ということで通気性も悪く、あまり涼しくはなかったようです。

紙帳は通気性の悪さを逆手にとって防寒具としても使われたのだとか。うまい使い方ですね。

江戸時代には蚊帳も華やかに

萌黄色(緑)の蚊帳生地に紅色の縁取りをした蚊帳

萌黄色(緑)の蚊帳生地に紅色の縁取りをした蚊帳

蚊帳の色は、古い時代は原料である麻そのものの色でした。

麻の明るい茶色でできた蚊帳も悪くはないのですが、見た目にはあまり涼しさや華やかさがありません。

ところが江戸時代初期に、八幡蚊帳(近江蚊帳)として萌葱色(緑)の網に紅布の縁取をした蚊帳を売り出したところ大ヒット。

江戸時代の蚊帳を吊る画像

喜多川哥麿<喜多川歌麿>//画『絵本四季花』上,和泉屋市兵衛,寛政13(1801)刊. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1286839 (参照 2024-01-19)

蚊帳で安心して眠れるだけでなく、華やかな色のファッション性もウケたようですね。

『となりのトトロ』でも使われていた蚊帳です


『となりのトトロ』の蚊帳も萌黄色の近江蚊帳のようです。
蚊帳の中からサツキとメイがトトロを見るシーンが印象的ですね。

『となりのトトロ』は昭和30年あたりの日本が舞台になっています。
昭和30年代当時は日本中の家庭で蚊帳が使われていました。
その後、アルミサッシの登場などによって蚊帳を使う家庭は減りました。

なお、蚊帳のてっぺんに乗って遊ぶのはやめましょう……トランポリンみたいで楽しそうですが、場合によっては破れてしまいますよ。
(蚊帳通販.comでは蚊帳の修理を受け付けていますが、壊れないのが一番です!)

『おかえりモネ』でも蚊帳が使われていました

蚊帳は2021年のNHKの朝ドラ『おかえりモネ』でも使われていました。
こちらは白っぽい色(生成り)ですね。

蚊帳の中でのトークは思い出がいっぱいですね。

明治時代以降の蚊帳

廣重 筆『大日本物産圖會』第1帖,大倉孫兵衛,[18–]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1910973 (参照 2024-01-19)より

錦絵にも描かれた「蚊帳」。

明治10年に出版されたこの絵では、越前(福井県)から麻糸を仕入れて近江(滋賀県)で仕立てをし、そして東京へ輸出……という流れになっています。

タナカ株式会社のある福井(越前)でも越前蚊帳が作られていたわよ

明治時代には蚊帳の素材として綿も使われるようになりました。
綿の蚊帳は高価な麻に代わり、大いに普及しました。

現代の蚊帳はバリエーション豊富

現在では麻と綿、レーヨンを組み合わせた「片麻」や、ポリエステルやナイロン製の蚊帳も普及しています。

ポリエステルやナイロン製の蚊帳は軽くて洗えるのでとても便利で、また安価なので喜ばれています。

ムカデワンタッチ蚊帳

底付きで全方位から虫を防ぎ、持ち運びに便利な「ムカデワンタッチ蚊帳」

また、部屋の四方の柱や壁を使って吊るす四角い蚊帳のほかに、天井からやスタンドを使って吊るすものなどさまざまなタイプの蚊帳が作られています。
ワンタッチの床置きタイプの蚊帳は、壁や柱を傷つけずに使え、持ち運びや片づけにもしやすくなっています。

蚊帳は上部と前後左右の5面をおおうものが基本ですが、底付きで全方位をガードできるものも作られるようになりました。
底付きの「ムカデ蚊帳」は地面を這って入り込むムカデを防ぐことができ、蚊だけでない虫刺され防止に役立っています。